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『父の戒名をつけてみました』お寺、身内、世間体と戦うこと

父の戒名をつけてみました

父の戒名をつけてみました

プロライターである著者の実体験に基づいたお話。島田裕巳戒名は、自分で決める (幻冬舎新書)を参考に大阪までの新幹線で実父の戒名をつける。菩提寺の住職に亡き父の遺志で戒名は自分たちで付けたという電話をすると、ご愁傷様の一言もなく、ビジネスに立ち入ってはいけない領域がある、そんなことをしたらご先祖様が浮かばれないなどと一喝される。著者は立腹して、その住職の葬儀への参加を断るのが最初の戦闘シーン。

著者の実家は資産家。著者の母の葬儀時には住職はこの家から多額の布施があったことは想像がつく。住職としては、この家からはこのくらいという値踏みはできていたはずで、まさか料金プランを変更してくると思わなかったから、一喝するくらい荒立ったようだ。期待できた実入りが減るというのは、住職にとっても切実な話。物別れに終わる電話の最後に、「とりあえず葬儀に行ってやるから」と住職からの言葉があったが、戒名はダメでもお布施は取れると踏んで出たものだったかもしれない。これも著者は断ったが。

実はここまでの戦闘シーンは、こののちに静かに繰り広げられる漆黒の戦闘の前触れに過ぎない。昨日までの味方が今日は敵になったのだ。お寺の住職が敵だった間は、身内は同じ方向を向いていた。著者には3人の異父兄姉がいるのだが、住職相手のときは著者のやることに賛同してくれていたのだ。人の死に触れる機会は多くないため、親族が亡くなると動揺したり、不安になったりするもの。仏様が浮かばれませんよ、とか、故人のお家柄ですとこれを選んだほうがと言われるとその意見に流されてしまい、後々葬儀代が高くなったと不満や疑念に繫がり安い。この著者のケースは少なくても身内の同意は得られたわけだから、住職に対峙できたところもあったと思う。

葬儀が終えるとドロドロとした戦いの幕開けだ。遺産相続だ。先の住職とのバトルの規模感はおよそ100万円。こんどのバトルは2億円。この戦いにはこの家の家族構成が要素として大いに関わっている。自分が手に出来るお金を前にすると兄弟姉内で意見が分かれてきたり、過去の経緯があったり一筋縄ではいかない。


多かれ少なかれ、人の死にはこの種の争いが伴いがちである。お寺を敵とみなし、遺族が仲良くなるハッピーエンドが出来れば強欲なお寺の存在もあながち捨てたものではない。生前に家族で場を設けて、あれこれ話せればよいのだろうが、親子仲が悪い、兄弟姉妹仲が悪い、遠方に住んでいる、などでなかなか出来るものではない。遺言書がなければ、公平分担で、税理士など第三者に立ち会ってもらったりしたほうがベターかもしれない。(税理士は1.5年に1回しか遺産関連の仕事はないそうなので、税理士を選ぶ際は注意が必要。)

この本を読んでの教訓は、戒名料、お布施、葬儀代は抑えることができる。でも、そのためには故人の遺志を遺族が知っていて、遺族の意思を合わせておく必要があり、お寺や業者との交渉時の強いサポートとなる。死ねば数日で腐ってしまうから、葬儀は待ってくれない。死んでから遺族がバラバラだと付け入る隙が多くなりそう。そうならないためにも少なくても自分が死んだらどうしてほしいかは妻や子供たちに伝えておきたい。

この著書、自分のやり方が良かったのか、いろんな人の意見を聞いたり、戒名料についての記述も沢山ある。戒名料に疑問を持つ、または戒名なんか付けなくても良い、と思う人は読んでみると良いかもしれない。もう一つのバトルがある。それは慣習とか世間体である。隣人の声や他界したという連絡が来なかった知人たちの反発等の声がある。今は従来の葬慣習が崩れかけている時代だが、世間体とかの問題はしばらく続くだろう。故人の遺志がしっかり遺族に共有できていれば、そんな世間体とか気にしなくても過ごせる気がする。